『真理を見つめつつ歩め』

エフェソ4:17~24   舛田信一牧師

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使徒パウロの「主によって強く勧めます。」の言葉に注目しよう。その強く勧めた訳は教会員の中に「異邦人と同じように歩んでいる」キリスト者がいたことを意味している。それ故「異邦人と同じように歩んではならない」という勧告を真剣に聞くべきである。
1、キリスト者の在り方、生き方の基盤
コロサイの信徒への手紙3:1〜10を読む。それだから「以前のような生き方をして情欲に惑わされ滅びに向かっている古い人を脱ぎ捨てた」のであるから「神にかたどって造られた新しい人を身につけなさい」古い人を脱ぎ捨てた、だから新しい人を身に着けなさい。一見して矛盾するようです。
2、キリスト者の二面性ーーー既にと未だ
キリスト者は信仰の歩みにおいて既に得たと未だ到達していないと言う現実のはざまにある一種の緊張関係に立っている存在である。これがキリスト者の現実であり二面性である。
3、異邦人のように空しい心で歩んではならない。では異邦人の空しさとは何でしょうか?それは人生の目標においてである。キリスト者の目的は真理である。真理とは何ぞやとピラトは問うた。(ヨハネ18:37)その問いは全人類の問いでもある。イエスは直後十字架上で贖罪の死を遂げられた。エフェソ4:21.主イエスキリストの十字架によって示された父なる神の贖罪の愛こそ永遠の真理なのである。
結論 あなたにとって、私たちにとって贖い主イエスキリストが永遠の真理になっているか自問自答していただきたい。